2016年 06月 16日
森に棲む ~庭しごとの愉しみ~
庭に植物を植えて、長い時をかけて育てるということが楽しめない。
持ち家の庭を持った転勤族の妻の多くが、海外に暮らしていても「庭」への郷愁が強くて、「あぁ日本に帰りたい」と任期途中で戻る人が多いのは、持ち家の「庭」によるものではないかと常々感じている。
私は、インドへ行く前にベランダいっぱいに育てたコンテナガーデンの苗木を里子に出す辛さを知ってから、定住の地が見つかるまで、植物を育てるのはやめようと思っていた。それでもメキシコではサボテンの愛らしさにひかれて数鉢を育て、帰国の時は、また押しつけるように友人知人にもらっていただくという始末の仕方。
20年前から暮らす八ヶ岳南麓の森。
里山の風景につながる森はカラマツの寿命の短い森で、昭和40年代に植林された近隣のカラマツは、ちかごろ最新する時期が来たとかで大規模な伐採と植え替えが行われている。
あちこちの森から木々が切り出され、助成金でもついているのか、盛んに可愛い苗木が植えこまれている。
今度は広葉樹のようだ。伐採後の土地がソーラーパネルにならないようにと願うばかり。
山荘の周りにハーブや花苗を植えてはみたものの、森の日陰ではなかなか思うようには育たない。
生態系も、環境も無視して好きな草木を植えたところで、この森にはふさわしないのだろう。
どんな庭を造るかは、周りの環境に目を耳を傾けないといけないねと。
初めて通信販売の苗木を宿根草で園芸家のあいだでは有名な園芸店(おぎはら植物園)から森に会う苗木を取り寄せてみる。

よく考えてみれば、すごく古くから、世界中の園芸好きはこうして花カタログを雨の日には広げて、喜びを見出すものなんだと実感。

この辺りにも自生するホスタ(ギボウシ系)や、イネ科のグラス類(カレックス)、宿根草のハーブ、クヌギやコナラ、桂などの落葉樹を10年後、20年後をイメージして選んだりしてみた。
敷地には、八ヶ岳の噴石があちこちに埋まっていて、鍬をふるってガツンといえば、石をほり起こすツルハシに持ち替えなければならず、開拓者の気分になったりもして。午後にはすっかり豆が手にできる。
ご近所の見事な庭の園芸好きの奥様から、日陰でもよく育つだろうという苗を一輪車いっぱい分けていただく。

朝の散歩のとき、通りがかりに庭を見せていただきちょっと立ち話をしたら、夕方には一輪車草、白花つゆ草、葉っぱが美しい矢車草、ヒューケラなどなど…いっぱい運んでくださった。

あちこち掘り起こしたらクヌギの実生。果たしてちゃんと根付くのか?


こころ持ちをゆったりとと思ってはいても、雨の降る前にと、やっぱり気持ちは忙しくしてしまう。

ただ、
地べたに這うように土に向かうと、いいしれない穏やかな気持ちになるのは、農婦としてのDNAが呼び起こされるのだろうかと思ったりしている。

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