いろいろ処分が続いているけど、お気に入りの本で手放せないものもあるの。
Instagramで先日、夏休みに「この本読みたい」という投稿をみて、思い出したのよ。
山の家の本棚にずっとある一冊。
大好きなアーサー・ランサムの「つばめ号とアマゾン号」です。
古いのよぉ。インド時代には全集12巻を携えて赴任。時々読み返していました。
あまりに好きな本で、ムンバイからの休暇で、イギリス北部の湖水地方を旅して、ウィンダミア湖をヨットで渡ったりしたこともあります。
たぶん私が自然の中に身を置きたがる原点は、子どもの時に父が買ってくれたこの本が大きいと思っています。
Instagramのポストには、岩波少年文庫で神宮輝夫先生の新しい翻訳シリーズが出たと知り、図書館で借りてきました。文庫の初版が奥付に2010年とあるので、すでに12年前。そして昨年、神宮先生はお亡くなりになられているのですね。
このシリーズが誕生したのは1930年(昭和5年)。90年前に生まれて、神宮先生の翻訳で日本に紹介されたのは1957年。その数年後、わたしは4年生の夏休みでこの本を手にしたのでした。
右は湖水地方の旅で買った原書。 イギリスの子は、いつもは寄宿舎の学校に通い、避暑地や農場で夏を過ごすことや、キャンプ、テント、ヨットのことも初めて知ったのです。
時を経て、娘に買い与えた全集の一冊だけが手元に残っています。
たぶん残りの11冊はインドから帰国する時にムンバイ日本人学校の図書室の寄贈してしまったわね。読み返してみたら最終ページに読了のメモ。
私が再読して、翌年娘も四年生の夏休みに読んだみたいね。
(ちなみに息子は本読みが嫌いな子で、こういう本は一切触れず、ひたすら運動に燃えていました。)

児童文学評論家の赤木かん子さんが、つばめ号とアマゾン号が好きすぎて児童文学研究者になったと聞きました。赤木かん子さん、折に触れ、神宮先生、現代語訳もう一度してくださらないかなぁっとおしゃっていて。
この本のウォーカー一家は、父親は英国海軍の大尉、母親はシドニー生まれ、ナニー(乳母)もいて、休暇には避暑で湖水地方で過ごす。
階級社会のイギリスの中産階級のようすは、当時そうしたことにいろいろ物議も醸し出したと聞いていたけど、今読み返しても、のびのびした子どもたちの冒険と知恵と工夫、新しいことへの意欲や、自然との関わりには時代が変わってもずっと続いていることなのよね。
神宮先生の最初の翻訳は、昭和30年ごろなので、とても美しい日本語です。
岩波少年文庫らしい感じね。
「…しましょうか?」美しい日本語だけど、でもかなり古い言い回しなの。
とんま、驚き桃の木山椒の木、土人なんていう表現もあってね。さすがに土人は新しい訳では原住民になっていましたけどね。
屋形船なんていうのは、ハウスボートとなっていたりね。野蛮人は未開人に。
ウォーカー家の4人の子どもたち(ジョン、スーザン、ティティにロジャ)は、実際の大人たちを原住民とか、未開人とかに見立て、ロビンソンクルーソーのような探検・冒険家を気取ってキャンプをして、お転婆娘のナンシィとペギィ姉妹のアマゾン号と戦いごっこを繰り広げるという想定のお話なのね。
あらぬ疑いをかけられて、理不尽な仕打ちに打ちのめされたジョンがヤマネコ島を一周泳いで気を晴らしたり。
感受性の強いティティ。そんな彼女のために、優しく子どもたちを見守るお母さんが自身の冒険談を語るところもあってね。それがとてもいい感じなの。
わたしはしっかり者のスーザンに、時には肩入れして読んだり。
お転婆できっぷの良いナンシーや、明るくおしゃべりなペギィと、個々の子どもたちの性格もとても丁寧に描かれていて。
手元の本はこんなに古くなってます。 娘はその後、中学生になって、湖水地方でお土産に買って帰った原書を、インドの英語の家庭教師の先生と一緒にテキストとして読んでいたみたいです。インドでも有名な児童文学だったみたい。深いつながりのあるインドとイギリスですものね。
この本について話したいことはいっぱいあるけどね。
いつか孫たちも手に取ることがあるでしょうか?
100年経っても、素晴らしいお話の世界ってすごいなぁと思います。
小学生の時、貪るように読み、インド時代は母として読み、今また、ばあばになって読み返してもワクワクする大好きなシリーズです。
続きが読みたくなってたまらないので、北杜市大泉の金田一春彦記念図書館に行ってみよう。北杜市は気前が良くて、ここに住民票がなくても、2拠点生活者にも貸し出ししてくれる太っ腹の図書館です。
夏休み。つばめ号とアマゾン号、万歳!